2007年08月27日

レパートリー増強大作戦

いつの時代も、戦いにおいて大事なのは補給である。紀元前であるアレキサンダー大王の時代から、補給が勝敗をわけた局面が存在するのである。果ては、自由惑星同盟がアムリッツァで将兵2000万を失ったのも、補給を軽視したからに他ならない。

さて私の戦いにおいても補給というのは大事である。フィドルの世界で補給!? まぁ要するに弾数、つまりは持ち曲が少ないことが課題のひとつになりつつあるのだ。前回の練習会・セッションで痛感したのだが、まだまだレパートリーが少なすぎるのである。参加しても弾けない曲の方が多いというのでは効率が悪いし、なによりも、単に悔しい。 特に私の場合は楽譜を読むのが遅いので、暗譜をしていなければ全く手も足も出ない。リールなど取り組むべき課題も多いが、新たな曲を弾くことで新しい発見もあるだろうということで、レパートリー増強計画を遂行することにした。今回のテーマは以下の通り。

1. 今まで弾けそうで弾けなかった曲を暗譜で弾けるようにする。
2. アイリッシュ臭い・好きな曲を新たに追加練習。
3. なるべく大森コレクション以外からも選曲する。

周りではやはり大森師匠の楽譜を使っている人が多いので、あまり 3. を重点的にやってしまうと、結局は練習会で孤立するというアンビバレンツに陥りそうだが、進化には多様性というものが不可欠なのだよ。というか、どうせやるなら、誰も弾いていないような曲も弾いてみたいなという感じだ。天邪鬼・全開。


というわけで、ジグ・ポルカを中心に、一日で7曲を新規補給。さらに近日中に、もう3曲終了予定。ふふふ…本気になったA型フィドラーは怖いぜ。 もちろん完成度としては、まだまだ低いが、暗譜しちゃえばいつでも練習出来るからね。ちょっと集計してみたのだが、これで現時点での持ち曲は52曲になった。あれ、意外にあるような気もするが…それでもセッションなんか行くと、あっという間に弾切れするからなぁ…。これからも面白そうな曲を発掘しては、積極的にトライしていくこととしよう。


せばすちゃんの熱い夏はまだまだ終わらない。
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2007年09月21日

千本一夜物語

本当は気付いていたんだ。

リズムが乱れるのは、どの曲も高音域であることを。
チューニングの時でさえもE線の音色が不安定であることを。
E線を弾く時に弓が真っ直ぐに引けていないことを。

でも若く愚かだった僕は、それに肯くことが出来なかったんだ。
 
 words by 柳の庭を転がり落ちるフィドラー 




ノーベル文学賞間違いなしの素晴らしい詩であるが、これが今の私の心境である。なに、多分に詩がパクリくさい? 気のせいだろう、きっと。 パクリではなくオマージュだよ、ゲール君。

さて前回紹介した新兵器「B.L.C.Marker」を導入してノリの出し方を研究していたのだが、驚くべき事実に遭遇することになってしまったのである。それは他の弦では出来るのに、E線でのみノリが出せないということだ。確かに思い返して見れば、今まで弾いてきたジグも、バタバタととっちらかるのはBパートであることが多い。実は、ジグはBパートはE線を多用する高音域を使うことが多いのである。そして普通に弾いている時でも、音色や音量が安定しないのはE線なのである。そして結婚式での写真(参照)やビデオを見ていても、E線を弾いている時は、弓が真っ直ぐに引けていないことには実は気づいてはいたのだ。要するにボゥイングがダメダメだということである。

まぁ私の場合は、敢えて基礎練習は少なめにして曲を弾くことを重視してきた。なので「もっと基礎をしておけばよかった」などという後悔は一切ない。むしろ基礎しかやらせてもらってなかったら、今頃フィドルなんざは押入れの中に眠っているだろう。つまりこれは順調な挫折と言える。予定調和ってもんさね。むしろ、上手く弾きたいという情熱が燃えさかっている今だからこそ、基礎練習も気合充分にやれるというものである。

そこで今週から特訓メニューを組むことにした。1日1000回のボゥイング・トレーニングである。「何を時代錯誤的な馬鹿げたことを…」という方もいるだろう。確かにトレーニングは医学的・生理学的・人間工学的に高効率に行う時代ではあるが、それとともに失われたものも多いと思うのは私だけではないはずだ。根性論だけで語るつもりもないが、こうした反復トレーニングは必ず有効だと思う。それに1000回と聞くと多く聞こえるが、ジグのパターンと全弓を50回ずつ4弦それぞれで行えば、それだけで400回である。それを朝晩にやれば800回になる。これくらいなら楽勝でこなせよう。既に3日が過ぎようとしているが、特に問題なく続いている。ただデタラメにやっても意味が無いので、ビデオ録画を導入しフォームチェックを併用しておこなうこととする。

地道に着実に、「いつか倒すリスト」の面々の背後へと忍び寄るのだ!
くっくっく、今に見ておれ…。

posted by せばすちゃん at 13:01| Comment(20) | TrackBack(0) | 自宅練習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月01日

弦の振動をコントロールせよ!!

最近は毎日最低でも1000本の素振りボゥイングをして、それプラス時間が許す限りの練習をしている。久しぶりに「B.A.G.System」も復活し(実は前作は既に廃棄されており、新規に制作しなおしたのだが)、とにかく基礎を重点的に自己練習しようという狙いだ。スケール練習は特にやっていないが、音程のとりやすい曲を繰り返し弾いて、その演奏を録画・録音。音程をチェックするという手法をとっている。

曲が上手く弾けないのは、結局は基礎技術の圧倒的な不足に由来するに違いないと睨んでのことだが、こういう練習をしていると本当に色々なことに気付かされる。そうこうしているうちに、私の中にある恐ろしい疑惑が生まれてきた。それは、「今まではバイオリンを弾いていなかったのではないか」という衝撃の疑惑である。

「弾いてたやんけ!!」とネイティブ言語でいっせいに裏拳ツッコミを入れられそうだが、冷静に考えてみて欲しい。曲が上手く弾けないのはともかく、ロング・トーンを一音弾くだけでも、あまりに達人との差が大きすぎるという事実が全てを物語っているのではないか? つまりカッコだけは弾いているように見えても、楽器としてはちっとも鳴らせていないのである。

そこでバイオリンという楽器の根源を、そしてボゥイングとは何かを根本から考えてみることにする。バイオリンとは弦を振動させ、それを駒が媒介し、本体が共鳴することによって音が出る楽器である。そしてボゥイングとは弦を振動させるための手段である。そう、ここに至って今更ながらに、ある点に気付いたのである。要するにバイオリンとは如何に弦の振動をコントロールするかが勝負なのだと。音量にしろアタックにしろ、音色にしろ、種々のアーティキュレーションにしろ、すべては弦の振動によって生み出されているのである。ボゥイングの角度だの手首の返しだの、指弓だのと色々あるが、極論すれば、それらは全て弦の振動を上手くコントロールするための手段に過ぎないのだ。

そこで常に頭の片隅で、弦を振動させるということを意識しながら練習してみることにする。すると、随分と音が良くなった(気がする)ではないか!

一例として練習中のスウェーディッシュ、「Sommarvals (夏のワルツ)」の録音をアップしてみるとしよう。今回は本当に練習中の一発テイクなので、音程やリズムなどは敢えて無視すること。音色のみチェックするべし!!


録音機材:Cubase SX2.0 + 828mk2 + Rode NT4


録音機材や設定は以前と同じなのだが、過去の音源(参照)と比べると、随分とバイオリンらしい音色になっていないだろうか? 楽器がキチンと鳴ると、弦の共鳴も掴みやすくなり、正確な音程もとりやすい(気がする)。よって音程もマシになるという正の連鎖だ。(マシになってコレか!?)

おそらく今の練習の方向性は間違っていない気がする。もうしばらく、こういう練習を続けてみることにしよう。そしていつかヤツの背後に忍び寄り、一太刀浴びせかけてやるのだ! わははははは。



ちなみにヤツの演奏はこちら! (CD紹介ページはこちら!
夏のワルツ - 三つのルネサンス舞曲 - 永久の楽園 - トクラックスによるポルスカ
ダイジェスト・バージョン



ぜ…全然違うじゃん!! バケモノめええぇ。

posted by せばすちゃん at 22:48| Comment(14) | TrackBack(0) | 自宅練習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月05日

マムシを退治せよ!

ここ数日、ボゥイングの基礎トレーニングに加えて、スケール練習も追加している。特に今まで疎かにしてきた4の指(小指)を上手く使えるようにする意図もあってのことだ。今までも気づいてはいたのだが、私は4の指を使う音がかすれることが多い。単なる練習不足だと思っていたのだが、スケールをやっているうちに、その原因にふと気づいてしまったのである。

mfig1.jpg

これは4本の指を全て指板に下ろしている際の映像だが、よく見て頂ければ小指だけ形態が異常なのに気づく。他の指は丸まったようなフォームなのに対し、小指だけが伸びきった…というより、ほとんどS字型を描くような形だ。世に言う「まむし指」である。


mfig2.jpg

指の関節は2箇所あり、手のひら側からそれぞれPIP(近位指節間関節)、DIP(遠位指節間関節)と名づけられている。正常であれば手のひら側に丸まるように曲がるのであるが、まむし指の場合は力を加えた際にPIPが反対側にくびれるように曲がるのだ。これが鎌首をもたげたような形に見えることから、「まむし指」という一般呼称がつけられているのである。別にこれがあるからといって問題というわけでもないのだが、一般的に楽器演奏には不利と言われている。何故なら形態力学的に指先に力が伝達しにくいこと、そしてこのマムシ状態になったら機敏な関節運動が出来ないからである。

私は実は全ての指が「マムシ指」であるが、小指以外は正常状態とマムシ状態を自由に切り替えることが出来る。しかし、小指だけは力が入るとマムシ状態でロックされてしまうのだ。 コイツのせいで弦の押力が不足したり、速いパッセージに追従できなかったり、うまくアーチを作れず隣弦をかすめてしまったりするのだろう。音程が悪いのもリズムが悪いのも、アーティキュレーションがショボ過ぎるのも、きっと全てコイツのせいだ! (後半は違うだろうという至極まっとうな意見は、この際スルーしておく。)


それでは、日本全国に散在するマムシ指フィドラーは自分の指を恨めしく眺めながら、部屋の片隅で涙を浮かべ、床に「の」の字を書き続けなければならないのか? そんなことはない。このマムシ指はトレーニングで改善できるのだ。 その方法とは小指の筋力をつけることだ。 ただガムシャラにやっても必要な筋力はつかないので、自分なりにいくつかトレーニング法を実験してみている。ひとつはボールを小指を中心に握りこんだり、テーブルに小指を押し当てて徐々に加圧していく基礎的な筋力トレーニング。もうひとつは指板に強く指を打ち下ろしたり、カット&ロールをいれながらスケールを弾くという半実戦的なトレーニングだ。効果があるようであれば、また報告したいと思う。



しかしまぁ、次から次へと難題・課題が性懲りもなく出現するものだ。今度は指の形状にまでイチャモンつけてきやがったか…。しかし、世の中には隻眼の柳生十兵衛三厳や、隻腕の伊庭八郎といった、一般的に不利と言われているハンデがあっても異様に強かった剣士もいるのだ。 まむし指くらいでは、私の歩を止めることは叶わぬわ! わははははは。

…あ、でも上手く弾けなかったときは、コイツのせいにしよう。うん。
posted by せばすちゃん at 23:25| Comment(8) | TrackBack(0) | 自宅練習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月10日

貴族な午後の過ごし方

行き詰った時は山篭り。これは太古より、我が国に於ける修行者の常識であり、私も以前に実行に移したことがある(参照)。 そして現在、私はかなり高レベルな田舎に勤務している。家へ帰ると既に生バイオリンを弾けない時間になっていることが普通なのだが、どうにか練習時間を確保できないかと考えた時、ハタと閃いた。 職場の近所で弾けば既にプチ山篭りじゃないか。 地元のヒトが聞いたら発狂しそうな言い草だが、まぁとにかく自然が恐ろしく豊かなことは間違いない。音出しに寛容な環境も多いだろう。

練習場所として最適な条件として、まず人気がないこと。ベンチ、可能であれば屋根もあること。安全に駐車できること。そして、インスピレーション沸きまくりな素敵な景観があることを目標に、ちょっとずつ探索をしていたのだが、ついにかなり好条件な立地を発見した。

park1.jpg

無料駐車場も完備している、かなり広い公園で中央には池がある。雰囲気はかなりいいが、立地のせいかほとんど人がいない。

park2.jpg park3.jpg

そして何といってもポイントはコレ! 池のほとりにある屋根つきベンチ・テーブル。雰囲気は荘園の東屋といったところだ。(いや、見たことないけどさ) うむ、まさに貴族の練習場所として相応しい。 実はここは週一回だけ勤務している施設のすぐ傍なのだが、この勤務は日のあるうちに終われることが多い。日が暮れるまでここで激弾きしてから帰宅するというのが理想的なパターンだ。

本日は仕事が早めに退けたので、さっそく出撃してみたのだが。ここはイイ! ほとんど人が来ないから遠慮会釈なく弾けるし、綺麗な環境に酔いしれながら弾けるので、エアの練習に最適である。 


次からは紅茶とスコーンを持参だな。

posted by せばすちゃん at 21:13| Comment(5) | TrackBack(0) | 自宅練習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月21日

祇園精舎の鐘の声

最近は基礎練習を中心にしているからか、ちょっとずつではあるが音が良くなってきている気がする。地道なことが大嫌いな私にしては、(ほぼ)毎日の1000本ボゥイング、カット&ロール併用スケール、ビブラート基礎運動、左手小指トレーニングは続いている。ちょっとくらい上手くなってくれないと立つ瀬が無いというものだ、てやんでぃベラボーめ。

昨日は昼間は所用で外出していたのだが、朝と夜にちょっとだけ弾ける時間があったので、その隙を逃さず練習。これがもう絶好調。師匠はもちろんケヴィン・バークやパールマンにさえ、「かかってこんかい」と言ってしまいそうになるほど調子がいい。そしてこの日曜日は丸一日フリーの日。妻も仕事で居ないし、力いっぱい弾きたい放題である。ふふふ…昨日の段階ですでにパールマンは超えた。(注:お判りだと思いますが妄想デス) 今日一日練習してしまうと神の領域に踏み込んでしまうかもしれん。 ぶわははは、唯一神を名乗るボケ神どもよ! 今日新たなる神の出現を見て、己の無知未明を恥じるがよいわ!! わーはっはっはっは。



結果:大惨敗




そりゃもう弾いてる自分が驚愕するくらいドヘタクソ。楽器は鳴らないわ、音程は悪いわ、リズムもケチョンケチョン。常に大兵力をもってかかるも、阿弖流爲(アテルイ)軍に連戦連敗の紀古佐美も真っ青の惨敗ぶりだ。 何故だ!? 昨日は確かに遥かなる頂を踏んでいたではないか!?(注:だから妄想デス) どうやら私の能力はまだまだ最大瞬間風速的にしか発揮できないようだ。ごく稀に何かのキッカケでスーパーサイヤ人状態が発動するのだろう。それは交感神経系刺激なのかもしれないし、ホルモン・バランスなのかもしれないし、ミトコンドリアやら月の満ち欠けやら何やらの得体の知れないシグナルなのかもしれない。しかし、その状態は極めて不安定なバランスの上に成り立っており、いったん転げ落ちるとどうしようもない状態に陥ってしまうようだ。

ここで一番問題となるのは、絶不調の時間>>>>絶好調の時間だと全然まったくこれぽっちもメリットが無いということだ。ガッデ〜ム!!


ふっ、祇園精舎の鐘の声…か。おごれる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如しとはよく言ったものだ。どちらかと言えば、「国敗れて山河あり」って気分だが。しかしまぁ考えようによっては、たとえ一瞬ではあっても良い音が出るようになっているのは確かだ。あとはその状態を安定維持出来るようにしていけばいいのだ。弦の震動だって最初のキッカケがあれば、あとは大きな入力は要らないのである。うん…そう考えてみたら、そう悪い話でもないな!


超ポジティブ・シンキングで、明日からもせばすちゃんは突っ走る。
posted by せばすちゃん at 22:18| Comment(16) | TrackBack(0) | 自宅練習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

目指せ、大魔王

セッションに参加している人なら皆実感していることだと思うが、セッションや練習会というのは単純に楽しいし、刺激を受けれる反面、確実に技術は落ちていくと思う。自分の演奏が目立たないので演奏が雑になりがちだし、テンポやリズムを含め、自分なりの演奏表現がしにくいというのが理由だと思う。そこでやはり、自己練習というのはとてつもなく重要なのである。プロの演奏家でさえ、「ツアーに出ると腕が落ちる」というから、素人なら言わずもがなだね。

先週末は完全にフリーだったので、じっくり自宅練習に時間を費やしてみた。今までに弾いた曲で最近弾いていなかった曲などを引っ張り出してきて、重点的に練習してみる。いわばレパートリーのブラッシュ・アップだ。それらを記憶の底からたぐりよせ、一曲ずつ丁寧にゆっくり弾いてみる。かつては弾きにくかったところが弾けるようになってたりして進歩を感じる部分もあれば、逆に弾けなくなっていてヘコむ場面も。レパートリーも徐々に増えてきており、今では暗譜している曲で81曲になっている。しかし、弾いていて、ふとある事実に気がつく。 …最近ポルカ弾いてない。


私はどんなジャンルにおいても、専門性をもつということは重要だと考えている。一本ベースとなる芯が通っている方が、何をするにも有利に働くと考えているからだ。たとえば小説でも、職業小説家が書いたものより、素人同然の人間が自分の専門性を生かして書いた小説の方が面白いという例は枚挙に暇がない。自分においても、仕事でも研究でも専門はあるし、最近久しぶりにハマっているプラモデル作りでは、米海軍&ヨーロッパのジェット戦闘機が中心である。それでは、私のアイリッシュにおける専門分野というのは何なのだろう? (専門というほど弾けるのかはともかく)

改めて自問してみると、やはりポルカだろう。私がかつて魂を奪われた「John Ryan's Polka」もそうだが、まったくアイリッシュを知らない人間を、たった数小節で踊り狂わせる力をもつ、単純で美しく、そして力強いポルカ。私にグルーヴの出し方を教えてくれたポルカ。ステップを踏みながら弾くことが出来なくて、悔し涙にくれたポルカ。一部では「ポルカ王」とまで呼ばれ、思い出の数と愛情の深さから言っても、「専門は?」と聞かれれば、やはり私の場合はポルカとなるのだろう。

それなのに、ふと気がつけば、最近はまったくポルカを弾いていない。レッスンでもいつの頃からか弾かなくなっているし、自己練習でも頻度はかなり低くなっている。ジグ・リール・ホーンパイプの習得に夢中になるあまり、ポルカがつい疎かになっているのだ。 これはイカン!!


labyrinth.jpg


というわけで、鋭意ポルカ大特訓中。さっそく4曲ほどポルカの新曲を追加し、現在の持ちネタは25曲。目標はポルカセットで1時間もたせられること。レパートリーを増やすだけではなく、グルーヴ感やアーティキュレーションも研究して「踊れるポルカ」はもちろん、「聴かせるポルカ」なども研究してみたい。やるからには「ポルカ王」などケチなことは言わん。 目指せ、ポルカ大魔王だ!! あ、ちなみに上は大魔王のイメージ画像ね。なに、夢見過ぎ? 黙れ。
posted by せばすちゃん at 15:28| Comment(18) | TrackBack(0) | 自宅練習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月12日

魔王の落胤

上手な嘘のつき方をご存知だろうか? そのテクニックのひとつに、「多くの事実の中に、少しの嘘を混ぜ込んでおく」というものがある。これはなかなか効果的な手法で、かの司馬遼太郎なども極論すれば、このテクニックの名手だ。彼は徹底的なリサーチを行い、考証を重ねた上で、そこへオリジナルな創作を盛り込んでいく。そうすることで、歴史上の人物があたかも小説中の人物そのものであったかのように思えるほど、リアリティと輝きを発するのである。



「一体なんの話だ?」と怪訝な顔の方もおられるだろう。実はポルカ好きが昂じてオリジナル・ポルカを作ってしまったのだが、実際に存在するトラッド・ナンバーとセットを組んでみました…というオハナシだ。まぁ、こうしておけば嘘臭さがちょっとでも軽減され、それっぽく聴こえるかなという、合理的かつ巧妙、そして姑息な作戦だ。ふふ、さすが大魔王だぜ。

一曲は完全オリジナルの「Running Down the Windy Hill」 大魔王らしく爽やかな曲調が売りである。(注:もちろん反論は認めない) そしてもう一曲は、日本人なら誰でも知ってるアノ童謡をポルカ風に弾いてみた。これは以前から自分で遊びで弾いていたのだが、先日フィドルの会でちょろっと弾いてみたら、意外と好評だったので、録音してみた次第。某・利権ゴロ団体がうるさいので、ここでは曲名を「Yagi-san the Postman」としておく。この2曲をアイリッシュ・トラッドの2曲とあわせてメドレーにしてみた。例によってオケはお手軽・超手抜きな打ち込みサウンドだ。そして、これまた例によって、演奏そのものではなく、ポルカの持つ楽しげな雰囲気だけを鑑賞すべし!




1. Oh Those Britches Full of Stitches ! (楽譜 師匠のHPより)
2. Running Down the Windy Hill (楽譜
3. Yagi-san the Postman
4. Gan ainm (楽譜 フィールドHPより)



どうどう? 作戦が功を奏してか、なかなかそれっぽいでしょ? 実際にこんなポルカがあってもおかしくない雰囲気でしょ!? そうだと言え。 バイオリンを始めて3年、未だにこの程度しか弾けないのは赤面の至りであるが、ちょっとでもポルカの持つワクワク感が伝わってくれれば嬉しいね。 しかし、こういう音源を作ってみるとつくづく思うのだが、やはりいずれはバンド編成でアイリッシュをやってみたいなぁ。

ちなみに、3曲目はPublic Domainではないので、残念ながら楽譜の掲載は不可能だ。もっとも、オリジナル曲の譜面の後ろに間違って一緒に記譜してしまうという万が一の偶発的ミスがあったとしても、当方の預かり知るところではない。あ、オリジナル曲の楽譜だが、ポルカなので本来2/4拍子のハズなのだが、4拍子で記譜されているのは本当に偶発的ミス…ごにょごにょ。



まぁとにかく、面白いと思った奇特なアナタは、レッツ・トライ!!
posted by せばすちゃん at 17:32| Comment(23) | TrackBack(0) | 自宅練習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月09日

楽譜どおりに弾くな!?

soke1.jpg

バイオリンで遊ぶ上で避けて通れない、この漫画。この作品では、よく楽譜の大切さみたいなことが書かれている。しかし、確かにクラシックの世界ではそうなのだろうが、アイリッシュの世界ではちょっと事情が違う。アイリッシュは基本的に楽譜を使わない音楽だからだ。「おじいちゃんがよく弾いてた」とか「パブで誰かが弾いてたのを覚えた」とか、基本的に耳コピで伝承されてきた音楽なのである。それが故に、弾く人によってフレーズが違ったり、弾いてるくせに曲名が判らないという事態が頻発するわけだ。

そして、もともと楽譜を使わない音楽だけに、楽譜は曲の概要を掴む時の参考にしかならないと考える方が無難だ。むしろ楽譜通りに弾いたらカッコ悪いということが在り得るのがアイリッシュの面白いところである。




lucyfarrs.gif


例えば、この「Lucy Farr's」という曲。これはバーンダンスという曲種になるのだが、これを楽譜通りに弾いてみるとこうなる。





う〜む、なんとなく感じは掴めるものの、色気もへったくれもない。「そもそも、楽譜通りに〜とか言ってる癖に音価が違うだろ!」という正論過ぎる主張はこの際却下する。アイリッシュは基本的にダンス音楽である。もっとノリノリでカッコよく弾きたいと思うのは、至極当然の主張だろう…として! 実はこの曲は、アイリッシュ業界では「神」とまで呼ばれる名手・マーティン・ヘイズが「Under the Moon」というアルバムで演奏しているのだが、それを参考にリテイクしてみた。





どうどう? ヘッタクソなのは間違いないが、前のテイクよりは断然カッコいいでしょ? もちろん、マーティン・ヘイズのプレイはこの6000倍はカッコいい。この演奏はかなり跳ね気味に弾いているのだが、アーティキュレーションも含め、こんなニュアンスは楽譜からは伝わらない。アイリッシュでは楽譜を読むことよりも、むしろ曲を覚えてからの表現の方が大事という典型例だと思う。そういう意味でも、セッションやライブに出かけて、上手い人のプレイを沢山聴くというのは非常に重要なんだろうなぁ。




楽譜を追えるようにはなったものの、イマイチ決まらないとお悩みのアナタ! 
一度楽譜を忘れ去って、色々試してみるのが吉かも!!
posted by せばすちゃん at 23:33| Comment(13) | TrackBack(0) | 自宅練習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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